大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1451号 判決

控訴人

三信化工株式会社

右訴訟代理人弁護士

岡本喜一

近藤健一

秋山清光

被控訴人

菱華工業株式会社

被控訴人

菱華産業株式会社

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士

渡辺綱雄

小村義久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人菱華工業株式会社は別紙(一)及び(二)記載の椀(以下本件各椀という。)を製造、販売し、被控訴人菱華産業株式会社は右各椀を販売してはならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求める」と申立て、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上および法律上の陣述は、次に掲げるとおりの控訴代理人の陣述を附加するほか、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人の陣述

(一)  本件登録実用新案の作用効果の主要点は(1)椀の重合によつて椀が強固に嵌合すること及び(2)椀の口縁部を強化することにある。しかるに右の(1)の目的は椀の口縁部を補強するという方法によつては達成できないものである。すなわち、口縁部を補強すれば、それだけ口縁部が強固になる結果、数個の椀が重合して相互に密督した場合、これを引き離すのに通常行なわれるように、口縁部の両端をおさえて形を少しくゆがめて密着を離すということも容易でなくなるはずだからである。したがつて、椀の重合による密着を防ぐためには、各椀の口縁部が相互に密着することのないような構造をとることが必要である。そのため本件登録実用新案においては、椀の外周に一体に縦設した縦突条の上端を口縁部に連接せしめたのである。すなわち椀の重合による椀相互の密着を防ぐという本件登録実用新案の主目的は、右のように椀の外周に一体に縦設した縦突条の上端を口縁部に連接することによつて達せられるので、口縁部に環状隆起条を設けることのみによつては達成されないのであるから、本件登録実用新案の構造上の特徴は、右のように椀の周囲に一体に設けられた縦突条の上端を口縁部に連接せしめたことにあり、口縁外周に設ける環状隆起条は、椀の重合による相互の密着を防ぐという上記の目的の点から見れば、さらに口縁部を補強する効果を奏する補助的なものといわなければならない。なお、胴周を口縁部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周を外に張り出させることは、椀の通常の形状として従来から知られているが、このことは、口縁部を補強することと相まつて、外周に縦設した縦突条を口縁部に連接することを容易にすることであるから、本件各椀が胴周を口部に至るに従い、ラツパ状に強く彎曲して口縁外周を外に張り出させていることは、それ自体、縦突条の口縁部外周に連結させぬという本件登録実用新案の要点との関連において、本件登録実用新案の権利範囲を侵すものというべきである。

(二)  本件登録実用新案において、環状隆起条を口縁外周に一体に設けることの作用効果は、これによつて縦突条を環状隆起条に連接するという作用効果を除くと、それ自体は、口縁部を著しく補強し、弾力性を与え、椀を多数重合しても椀が口縁部から裂けるおそれをなくすこと及び指腹の一部は環状隆起条にかかるので誤つても椀を取り落すおそれをなくすこと、すなわち、口縁部の補強ならびに把指の便宜にあるものといわなければならない。この点で環状隆起条を口縁外周一体に設けることは、口縁外周が平坦で変化のないものより、これを外側に張り出させて変化をもたせたものの方がより強固であり、また把持にも便利であるという自然法則を利用した技術的思想に基く考案である。しかるに本件各椀において、いずれも「胴周を口部に至るに従い、ラツパ状に強く彎曲して、口縁外周を外に張り出させ」ていることは、椀の口縁外周を平坦にしないで、これを外に張り出させという変化をもたせ、これによつて口縁部を補強し把持に便利ならしめているものにほかならず、ただ、口縁外周の張り出しが、本件考案におけるように、環状隆起条を外周に設けるという方法によつていないため、張り出しと胴周との境が明確でないというだけであり、また別紙(二)記載の椀において「胴周を口部に至るに従い、次第に肉厚を増加させた」ことは、本件登録実用新案において環状隆起条を外周一体に口縁部に設けることにより当然に口縁部に肉厚を生ぜしめていることに相当するものであつて、いずれも右の自然法則の利用方法及び作用効果において本件登録実用新案と一致し、その技術的範囲に属するものといわなければならない。

三、証拠関係(省略)

理由

控訴人が、その主張する登録第五二〇、八七四号実用新案権を有することは、本件実用新案登録出願の願書に添附した説明書の「登録請求の範囲」の項に、「口縁外周に環状隆起条2を一体に設け、外周に一体に縦設せる縦突条1の上端は環状隆起条2に連接した椀」と記載され、別紙(三)記載の「図面」が記載されていること及び、被控訴人菱華工業株式会社が本件各椀を製造して、被控訴人菱華産業株式会社に販売し、同被控訴会社はこれを他に販売していることは、当事者間に争いがない。

そこで、果して控訴人主張のように本件各椀が本件登録実用新案の技術的範囲に属するかどうかを考えるのに、当裁判所は、本件各椀はいずれも本件登録実用新案の技術的範囲に属するものということはできないとの判断に達した。その理由は、次に記載のとおり附加するほかは、この点に関する原判決の理由の説示と同様であるから、これを引用する。

一、本件登録実用新案の構成上の必須要件の認定に関し、控訴代理人は本考案の作用効果の主要点である、椀の重合によつて椀が強固に嵌合することを避けることから見れば、本件登録実用新案の構成上の要点は、椀の外周一体に縦設した縦突条の上端を口縁部に連接せしめたことにあるのであつて、口縁外周に環状隆起条を一体に設けることは、さらに口縁部を補強するための補助的なものに過ぎないと主張する。しかしながら前記登録請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証(実用新案公報)の「実用新案の説明」欄中第二文において「(前略)従来縦方向の突条を縦設した椀も知られているが、これによると口縁部が補強されていないから強固に重合すると口縁から裂ける虞れがあり、(下略)」と従来のこの種の椀における欠点を述べ、第三文において「本案は外周に突条を縦設した型式の椀に関し、上記の欠点を除くため考案されたものであつて、前述のように口縁外周に環状隆起条を設けああるから、口縁部は著しく補強されて弾力性に富みそのため強固に多数を重合しても該部から裂ける虞は全くない(中略)縦突条1の上端は環状隆起条2に連接してあるから、これのないものに比し強度を著しく増加するばかりでなく、この連接部における縦突条1上を把持すれば厚みがあるので、熱いものを容れてあつても熱さを感ぜず、しかも指腹の一部は環状突条2にかかるので誤つて取り落す虞もない」と本件登録実用考案が従来のものにみられた前記欠点を排除するために採用した考案の作用効果を明記していることを併せ考察すれば、「口縦外周に環状隆起条を一体に設けること」は、たとえ、その作用効果上、椀の重合による強固な嵌合を避ける点においては補助的なものであつても、本件登録実用新案の構成上の構成上の必須要件の一をなすことは明らかというべきである。

二、次に本件登録実用新案に係る椀と本件各椀とは、その作用効果及びこれを目的とする自然法則の利用の点において全く同一であるとの主張について判断する。両者がその作用効果の点において全く同一であるとは認め難いことは原判決の理由中の説示のとおりであるのみならず、両者が、椀の口縁に張り出し部分を設けることにより口縁部の補強及び椀の把持に便ならしめるという自然法則の利用の点において同一であるとしても、実用新案法の保護を受くべき考案は、自然法則を利用した技術的思想の創作であることのほか、それが物品の形状、構造及び組合せに係るものであることを要するに点にかんがみれば、椀の口縁の張り出し部分の形状として、「胴周を口部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周を外に張り出させ」又は「胴周を口部に至るに従い次第に肉厚を増加させるとともに、ラツパ状に強く彎曲して口縁外周を外に張り出させ」ているに過ぎず、前に認定した本件登録実用新案の構成上の必須要件の一をなす「口縁外周に環状隆起条を一体に設けた形状を備えない本件各椀が、その作用効果ないしは自然法則を利用した技術的思想をたまたま等しくすることの故に後者の技術的範囲に属するとの控訴人の主張はこれを採用することができない。(その成立に争のない甲第九号証記載の意見は、当裁判所はこれを採用しない。)

以上説示のとおり、本件各椀は本件登録実用新案の技術的範囲に属するものということはできないから、権利範囲に属することを前提とする控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴は民事訴訟法第三百八十四条によつてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長判事原増司 判事福島逸雄 判事影山勇)

別紙(一)

被控訴人らの椀

図面は、被控訴人らの椀の一半を縦断した側面図である。このaは、ポリプロビレン樹脂からなり、胴周を口部に至るに従いラツパ状に強く彎曲して口縁外周1を外に張り出させ、該口縁外周1に上端を連らねて胴周外面には三本の縦突条2を等間隔で隆設してなるものである。

別紙(二)

被控訴人らの椀

図面は、被告らの椀の一半を縦断した側面図である。この椀aは、ポリブ

ロピレン樹脂からなり、胴周を口部に至るに従い次第に肉厚を増させる(a)とともに、ラツパ状に強く彎曲して口縁外周1を外に張り出させ、該口縁外周1に上端を連らねて胴周外面には三本の縦突条2を等間隔で隆設してなるものである。

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